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百貨店問題と商店街


 「百貨店閉店ラッシュ 」と題してブログを書いたのが、2010年末だった。2010年6月に新潟市の大和百貨店が閉店になり、NHKの特別番組のお手伝いをしたのだった。

 さて、それから5年が経過した。インバウンド景気によって百貨店の売り上げは好調だというが、地方の百貨店にとっては厳しい状況が続いてきた。今回、テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」のディレクターから、周南市役所が閉店していた百貨店の建物を仮庁舎に使うというニュースに関してコメントを求められたので、せっかくなのでブログに書いてみようと思う。

 前回にブログを書いて以降、2011年から昨年までの百貨店の閉店をまとめたものが左の表である。東京、名古屋、大阪といった大都市圏では、外国人観光客の増加による好影響を受けて業績が上向いているが、地方の老舗百貨店と呼ばれるところでは、そうした影響も少なく、厳しい状況が続いている。

 百貨店全体の売り上げは、1991年の約12兆円をピークに減少し、2014年には約6兆2千億円と半分近くまで落ち込んでいる。

 さて、地方の老舗百貨店の不振は、そのまま地方都市中心部の商店街の不振と繋がっている。特に長らく地方都市中心部の商業の核となってきた地元老舗百貨店の閉店は、そのまま集客力の低下を引き起こす。

 百貨店が閉店した後、その建物が解体され、新たな商業施設やホテル、マンションなどに活用されるのであれば、まだましであるが、そのまま空きビルとして放置されている事例も少なくない。

 そうした空きビル対策として、市役所など公的施設を移転させるという事例も見え始めている。例えば、2011年に閉店した旧福田屋百貨店栃木店に、栃木市役所が2014年に移転した。また、この事業のモデルとなったのは、2008年に閉店した旧さくら野百貨店石巻店に、石巻市役所が移転したものだ。これらはいずれも都市中心部の再活性化を図るために、市役所を移転し、さらに一階部分に食品販売店などを入れるなど、商業活性化も視野に入れたものだ。

 1970年代から1980年代の人口増加時代に、市役所や図書館、警察署など公共施設が次々に都市中心部から郊外に移転させた。当時としては、拡大する中心部域があり、それが正しい選択であった。しかし、地方部から先に人口減少と、都市中心部の縮小が顕在化するようになるにつれ、そうした公共施設を都市中心部に戻そうという動きが出てきた。一方で、百貨店など大型商業施設の撤退などで、都市中心部に空きビルが発生する事態となり、それらを公共施設に活用する動きが出てきた。新潟県長岡市などもその例である。

 もちろん、都合よく空きビルが発生し、それが耐震基準に合致し、新築するよりは低額で公共施設に転用できるという事例が多いわけではない。しかし、こうした公共施設が都市中心部に移転すると、少なからぬ職員や来庁者による経済効果が期待できるために、商店街関係者などの要望は強い。私のゼミの学生たちが活性化策の勉強をした神戸市新長田には、2019年度に兵庫県と神戸市合わせて約1000人の職員が勤務する新庁舎の建設が、地元の要望などから決まっている。

 さて、昨年(2015年)夏に訪れた周南市の徳山駅周辺でも、この2016年1月4日から、2013年に閉店したままだった旧近鉄松下百貨店を、市役所仮庁舎として使用し始めた。3年間の期限付きだが、商店街の中心部にある建物で、市役所の業務を行うことになり、市役所職員や来庁者の飲食や購買が期待されている。商店街の空き店舗対策も様々講じられているが、人口減少や郊外型店舗との競合の中で、市役所仮庁舎がシャッターが閉まったままだった空き店舗に入ることによる活性化効果に期待は大きい。もちろん、期限は3年間であるから、その間の商店街、商業者の努力も求められる。

  「2020年問題」というのが最近、取沙汰されている。団塊の世代の人たちが、いよいよ後期高齢者となり、死亡者数は150万人台に上り、出生数はその半分でしかない。(国立社会保障・人口問題研究所)

 今後、地方都市の人口の減少と高齢化は、様々な問題を深刻化させる。新たなものを作って活用するというよりも、既存の施設や建物をいかに有効活用するかを真剣に考える時期に来ていることは確かのようだ。

☆画像は周南市の旧近鉄松下百貨店(2015年6月)

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