自治体の産業振興策を考える
学内の仕事以外に多いのが、地方自治体の産業施策に関する各種委員会などへの参加です。今、多くの自治体で産業振興は、かつてないほど重要な課題になりつつあります。この原稿は、今から3年前に書いたものですが、状況はあまり変わっているとは思えません。ただ、確実に産業振興が各地方自治体にとって重要かつ猶予の無い課題であると多くの人たちが感じるようになったとは思います。
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ここ数年、産業振興あるいは工業振興の方針や計画を策定する地方自治体が増えている。今まで、産業や工業には、あまり力を入れてこなかった地方自治体でも、そうした動きがみられる。なぜ、地方自治体は、産業振興に関心を持ち始めているのか。いくつかの自治体のそうした仕事に携わっている経験から、その現状をまとめてみたい。
◎ 実態は、かなり厳しい
ある地方議員の勉強会に招かれた。参加者である議員たちが、懸念しているたのは税収の落ち込みである。各地方自治体の税収は、人口の減少あるいは高齢化、企業の廃業や倒産あるいは移転などで、減少傾向にある。こうした収入の落ち込みをカバーするために、各地方自治体では起債すなわち借金と、今までの積み立て基金等の取り崩しを行っている。
「工場がなくなり、マンションに建て変わる。そうしたことが急速に起こったこともあり、市民税の法人部分と事業所税が減少している。工場がなくなり、環境が良くなるとばかりは喜んでいられなくなった。」ある議員は、そう指摘する。
こうした税収の落ち込みに気が付いているのは、もちろん議員たちだけではない。行政側も、その深刻さに気が付いている。
「今まで製造業、それも大企業の工場は、かなりの市税収入をもたらしてくれていた。それが、海外移転などによって、大きく減りつつある。しかし、我々の内部でも、それに気が付いていない職員もまだ多い。うちの市では、今年に入って、毎月三件づつ、企業のトップ訪問をするようにして、意識をまず改革しようとしている。」
今まで潤沢な法人市民税収入と、堅調な個人市民税で支えられてきた地方自治体の歳入が、大きな曲がり角に差し掛かっている。ある工業都市として知られる街で商工会議所役員になった中小企業経営者は、「大企業は海外に移転。中小の廃業、倒産も多い。高度成長期時代に建築された老朽化した賃貸住宅には、高齢者ばかりになっている。失業者も多い。息子夫婦は、近隣都市に移り住もうとしている。市の財政状況は非常に悪いのに、職員には危機感のかけらもない」と憤る。
残念ながら、公務員気質というか、自分たちの収入がどこから来ているか、意識の薄い人も多いのも事実だ。しかし、どの自治体も、程度の差こそあれ、その財政状態は相当傷んでいる。
building なぜ「工業」なのか
従来、工業に関しては、一部の市町村を除けば、行政は大きな関心を払ってこなかった。行政担当者の代表的な意見は、次のようなものである。
「行政の産業支援と言えば、商業だった。一つには、商業は商店街組合が存在し、助成などの受け皿として整っていた。二つには、アーケードの改築やカラー舗装など市民の目に見えるかたちの支援がしやすく、市民の理解を得やすかったからだ。」
商業は、一九七〇年代頃から大型小売店舗の登場など、市民の関心を集めることが何かと多かったことに対して、工業は、市街地からの移転などが中心の課題であった。また、なにより工業は、景気による上下はあったものの、全体としては右肩上がりの成長を続け、一部の特定産業以外は大きく落ち込むことが無かったことも、行政の関心が低くなった原因の一つだろう。
工業が注目されている理由は、雇用と税収面で、非常に大きな役割を担っていることに地方自治体が気が付きはじめたことにある。今まで、あまり手もかからず、黙々と働いてきてくれた目立たない息子が、急に病に冒されたようなものだ。
「いやあ、結構、いろいろな企業があるもんですよねえ。それに、かなりITの活用も進んでいるし。」企業ヒアリングを同行した市の職員の率直な感想である。いろいろな調査を行っていて、実は製造業はよく分からないと、正直に述べる市役所職員もある。
「役所で、会うときは、何かクレームや陳情などの時ですよね。そうすると、こちらも構えているし、あちらもだいたい何か文句を言いに来ているというケースが多い。こうして、こちらから訪ねていって、くだけた雰囲気で話すと、いろいろな意見が聞けるものですね。」
今まで、いろいろな市で職員と、一緒に企業ヒアリングを同行したが、このようにほぼ同じ感想を漏らす。製造業というと、墨田区や大田区、東大阪市というイメージが先行し、自分の市や町で活躍する元気な企業をつかみ損ねているのではないか。新たな企業呼び込みよりも、今、重要なのは自らが保有している資産となる既存企業の把握である。
building 商業が抱える問題
先日、ある地方都市の市会議員を、ある商店街に案内した。空き店舗が連なる洒落たデザインとオブジェがあふれた旧建設省モデル事業地を、その議員は唖然とした表情で眺めて、言った。「完全な失敗ですね。」そこで、少し意地悪な答えをした。「いや、そうとも言えないですよ。巨額の補助金で、街は綺麗になった。高層化し、ほら店舗の上には自宅兼賃貸住宅が建設できた。商店主の生活は安定した。安心して廃業できるんだ。あなたの党も、中小事業者の保護を訴えているではないですか。だから、成功ですよ。」
支援策の目的が間違っているという指摘もある。「商店街を残すのか、商店主を残すのかやね。」そう言ってのけたのは、京都のある商店街組合の理事である。彼の主張は明快である。商店街は、もともと主戦場であり、新規参入、敗退が繰り返されることによって活性化が図られてきた。つまり、入れ替わりが頻繁にあってこそ、商店街で、何年も同じ顔ぶれの商店街の方が異常なのだ。
「しかし、どうですか。今までは、商店街側も、行政側も、今ある店をどう潰さんようにするかということばかり考えてきた。潰さんいうのは、ちょっと問題かもしれないが、商売替えすらも考えてこなかった。」
都市の再開発事業などが行われたり、改築などへの低利融資などが行われ、結果的に商店主は救済できたが、商店街としての機能を低下させてしまった。極端な例では、巨額の補助金を投入し商店を高層化し、店舗兼自宅と賃貸住宅に改築した結果、返って衰退してしまったケースがある。商店主たちは、安定した家賃収入を得ることができ、いわゆるハッピー・リタイヤーメント(円満引退)が可能になった。反面、本来の商売や、後継、あるいは新規参入者の受け入れには関心が薄くなったのである。
こうした状況に、行政側も危機感を抱き始めている。果たして、商店街をこれまでのように「支援」していく必要があるのか。再開発が、本当に商店街や中心市街地の活性化に役立つのか。根本的な疑問すら生まれ始めているのだ。「なんだ。商工振興費というが、ほとんどが商店街振興向けじゃないか。製造業には、ほとんどないというのは、どういうことか。」ある市の委員会では、中小製造企業の経営者が声を上げた。決して敵対するものではないが、こうした批判が起きつつあることも、商業者は理解すべきである。
◎IT産業・インキュベータ
厳しい状況の中で、産業振興策を立案するのは良いのであるが、判を押したようにでてくるのが、IT産業、インキュベータである。既存産業は衰退が進み、商店街には空き店舗が目立つ。そこで出てくるのが、これらのアイデアである。
「IT産業の振興と書いたのはいいが、いったい何をどうやっていいのか」と、真剣に頭を悩ます担当者も多い。そもそもIT産業なるものの定義自体が曖昧で、ひどい場合には、パソコンの製造から携帯電話の販売までIT産業に含められたりする。若者たちが志向するソフト開発やデザイン関係が成長するためには、ある程度の市場が存在していないと難しいし、現実には人と人が出会ってできあがっていくケースが多いために、やはり大都市が有利となる。
「他の市に視察に行っても、少し芽が出てくると、近隣の大都市か、あるいは東京へ行ってしまうと言う。税金を投入して、インキュベータを実施する価値はあるのだろうか。」これは、残念ながら仕方のないことである。企業は営利を目的としており、市場の大きなところを目指すのは当然であるからだ。
「そもそもインキュベータというのは孵化器の意味だから、そこから飛び出していくのは当たり前」という意見もあるには、あるが地方自治体が税を投入して育成するには、その後も地域内で事業継続してもらわないと意味がないという考えも、また当然である。 「インキュベータと、ベンチャー企業、ハイテク産業というものが、ワンセットだと考えすぎじゃないのだろうか」と、ある行政担当者は指摘する。その地域の特性に合わせて、ローテクでも、アート系でもいいし、個人事業者やコミュニティービジネスなどでもいいはずである。産学官連携でも、やはり同じように硬直した考えが見られる。「うちの街には、理工系の大学が存在しないから、駄目だ」という考え方である。その街の魅力や情報を発信していくには、むしろ文化系や芸術系の大学の方が有利だろう。もう少し柔軟な考え方があってもいいのではないだろうか。 「あなたの街をシリコンバレーにしよう」などという妙なアイデアに左右されない方がいい。あなたの街は、日本にあって、アメリカではないし、もともと持っている材料が違うのだ。自分の持っている材料を大切にし、最大限に活用できた地域や街が、生き残ることができるのだ。産業振興策の真の目的は、そこにある。
◎産業振興策をどう考えるか
都市間の競争が激しくなる中で、地方自治体の産業施策の戦略とトルツメもなる振興策は、以前とは異なった意味で重要性を増すだろう。大手コンサル会社に数千万円の予算で丸投げし、全国どこでも通用するような内容のものを受け取っているのでは、自滅していくのを容認するようなものだ。そもそもそんな予算は、もはや無いだろう。
まず、第一に、その地域、街の現状分析を徹底的に行うべきである。地理的な特性や、各種指標を分析するべきである。また、地方自治体の収支内容も分析する。企業で言えば営業戦略を立てるのであるから、当然のことである。
第二に、欧米モデルに振り回されないことである。未だに、あちこちで「日本版○○」だとか、欧米の再開発モデルのコピーを使おうとする動きがある。日本はすでに先進国である。むしろ、我が街発の新しいオリジナルモデルを作り出そうというぐらいの気概が必要である。
第三に、危機意識を共有する努力が必要だ。地方自治体の内部、すなわち職員間でも、税収の減少は大きな問題であるという意識を共有すべきである。また、広く市民にも理解を求める必要がある。「人口は、むしろ少な目で、工場なんてなくなれば、住みやすくなる」と思っている人が多いのも事実である。
第四に、作り上げていく委員会は、二階建てにする。二階部分には、大御所を据えておく。実際の作業、分析、討論は、一階部分の実働部隊で行う。この実働部隊には、ぜひ40歳代以下を中心に据えていただきたい。「研究者が必要な場合は、助教授クラス以下にしおきなさい」といつもアドバイスをする。まだがんばんなきゃいけないクラスを配置するのだ。 そして、最後、第五に、必ずヒアリングを採り入れること。そして、それには地方自治体の職員が同行すること。意外な地元の元気企業や経営者が発掘されて、次につながっていくことが多い。
いろいろと書き連ねてきたが、実際には問題は多岐に及び、そう簡単ではない。「はぁ! バブル全盛期に作っていたら、さぞかし楽しかったろうに」と冗談を言いながら、議論が深夜まで及ぶこともある。行政が出す以上、最終成果物は、差し障りのないものになることも多い。しかし、議論を重ねて作り上げていった過程は、決して無駄にはなりはしないと信じている。
さて、あなたの街の産業振興策は、どうなっていますか?
※厚友出版『労働と経営』2002年7月掲載分